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甘い生活・7



結局、その後もしばらく、隆木は姿を現さなかった。四日目くらいまでは、チヨコもそれほど

気にしなかったが、一週間が経つと、さすがに心落ち着かなくなってきた。

「チヨコさん、吸い過ぎだよ」

ステージの終わった後、そのまま店のカウンターで飲んでいたチヨコに、後ろからやってきた

玲都が、銀のプレートを持ったまま言った。そして、カウンターの上の、吸い殻がてんこ盛り

になってはみ出しそうな灰皿を下げた。するとチヨコは、ずいっと体を右に伸ばして、

ニューの灰皿を引き寄せた。玲都は、ふぅと息をついて、

「溜息隠すために煙草吸い続けるなんて不毛だよ。 第一、カラダに毒だよ」

「ふかしてるだけで肺には入れてないから良いのよ」

「入れてる入れてないなんて、セックスと違うんだからさぁ。ふかしてるだけでもノドには

 良くないよ」

「あんたのその下世話な物言い、何とかならないの?」

「心配して言ってるんだよ、チヨコさん。お肌も荒れちゃうよ」

「……分かってる」

もう、一本が吸い終わってしまって、チヨコは新しい灰皿に吸い殻を押しつけた。

「別に、これまで二十年近くの間のことを考えたら、隆木さんだけに聴いてもらうために

 歌ってきたわけじゃないんでしょ?」

「当たり前じゃない」

「チヨコさんはここの歌姫なんだから。何のために自分がここに居るのか、忘れたらダメだよ」

もっともなことを言われたが、言葉の割に、いつもの生意気な態度は、全く感じられない、

実に穏やかな物言いなので、突っかかるに突っかかれない。

チヨコはそれを分かって、あえて彼に正面切って絡むことはしなかった。

「……あんたは何のためにここに居るの?」

灰皿を載せたトレイを持って背を向けた玲都は、ふと立ち止まった。

チヨコは振り向かない。そして彼も振り向かなかった。

「……人を探してる」

「ひと……って」

チヨコは、彼を振り返った。

「もしかして、お兄さん?」

「そう」

玲都は言い終わると、彼の背を見つめていたままの姿勢のチヨコを振り向き、

「チヨコさん」

「えっ……」

急にこちらを向かれて、不意を突かれたチヨコは、ビクッとした。だが玲都は、彼女に微笑んで、

「煙草もお酒も、ほどほどにね」

つられて、チヨコも微笑んだ。さっきとは異なり、彼の言葉に、素直にうなずくことが出来た。

玲都はもう一度微笑むと、店員らしい態度で、下がっていった。

「何だチヨちゃん。案外あの子とうまくやってるんじゃないんの」

カウンターの内側から、店長がグラス拭き拭き、彼女に語りかけた。

「まぁ……何て言うか。悪ガキの弟みたいなのよ、あの子。

 甘え上手みたいな、甘えさせ上手みたいな、正体つかめない所があるけど」

「確かに、何となく似てるよ。チヨちゃんと玲都は」

「でしょう。あの子も言ってた。私、あの子の兄貴に似てるんですって」

「兄貴」

「そう」

チヨコと店長は、顔を見合わせて笑った。

「ったく、シャレにならないのよね。そうじゃなくても私、しょっちゅうニューハーフ疑惑

 かけられてるってのに」

「昔は青江美奈なんかも声が低いからって、 『アレは絶対オトコだ』とか言われてた

 らしいから……。――そういえばチヨちゃん。最近見ないわね、隆木氏」

店長からも言われ、チヨコは一瞬黙り込んだ。だが、その陰りを振り払うように。

「そうね……。忙しいのかな」

「『忙しい』って、何事も無いと良いけど」

「何が?」

「だって、あの人は、さ……」

言葉を濁した店長に、チヨコもハッとした。

「まさか……」

「いや、その筋のもめ事は、特にニュースにはなっていないから大丈夫よ」

関西の方では、組同士の抗争で白昼流血の惨事が起こったというニュースが、

数日前に報じられたばかりだった。関東方面でその類の情報は入っていないとはいえ…。

「チヨちゃん、ゴメンっ。大丈夫だってば」

黙りこくってしまったチヨコに、慌てて店長がフォローを入れるが、チヨコの顔は晴れなかった。








スンマセン…ここで止まっております! 
さあ、一体どうなる!? 結末を予想するのは、君だ!

*「懐かしき恋人の歌」La chanson des vieux amants
 作詞:J.Brel/作曲:G. Jouannest


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